キノー と ヴィクトルツォイ 伝説 KИНO & Виктор Цой

ソビエトの英雄的ロックバンドを日本語で紹介。このブログでは「キノー」及びボーカルの「ヴィクトル ツォイ」を研究していきます。

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ビクトルの死について

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1990年8月14日、ビクトルはこの日、ラトビアにて次のアルバムのボイスレコーディングがあった。ビクトルはバンドとのレコーディングの為にラドビアからレーニングラードへ向かう途中であった。
15日早朝、ラトビアのリガ市の郊外でコントロールを失った彼の車はバスに激突、そして死に至った。車は完全に大破し、一つタイヤが見つからなかった。

17日ソビエトの中心的新聞「コムソモロスカヤ プラヴァダ紙」がそれらを伝え、ソビエト全土の若者達にその意味が伝わった。

ビクトルの存在は若者達に対して、ソビエトの政治家よりも、金持ちよりも、小説家よりも、もっと大きな意味があった。それはビクトルが嘘をついた事も自分を売り込もうとした事も無かったからだ。彼は彼自身であり、彼自身を貫き通した。信じられないかもしれないが、彼の人生は彼の描いた通り、ロッカーとして何も違わなく、彼の歌った通りの生き方をした。 ビクトルはロックの最後の英雄なのだ。

注目すべき事に、彼の次のアルバムの為にレコードした彼の歌声の入ったテープのみ事故から助かった唯一のモノだった。「キノ」の残りのメンバーはそのテープからのビクトルの声と音楽をレコーディングし、アルバムを完成させた。そのアルバムはシンガーに対する追悼の意味も含めて「ブラックアルバム」と名付けられた。(Чёрный альбом)
そのアルバムは「キノ」のアルバムの中で一番有名な作品となり、ロシアンロック史に揺るぎないいトップの座を作り、ビクトルを最高のヒーローとして刻み込まれるきっかけとなった。ビクトルに続いて65人のファンが自らのヒーローを失った事で、自殺した。

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  1. 2007/01/16(火) 00:58:13|
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『ラトビア』について

ラトビアラトビア共和国(ラトビアきょうわこく)、通称ラトビア、ラトヴィアは、バルト海に面する北東ヨーロッパの国。第一次世界大戦後独立後、ソ連に併合。ソビエト連邦|旧ソ連邦、バルト三国を構成する共和国の一つ。1991年にソビエト連邦|ソ連から再独立。エストニア、
  1. 2007/03/21(水) 11:22:01 |
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